【連載】企業革新戦略−上昇志向の企業革新−

■人材育成をもう一度考える−プロフェッショナル集団への変身−

◆はじめに

わが国の中小企業を取り巻く経営環境はここ数年で激変し、かつて無い熾烈な競争に直面しています。この厳しい環境下において、企業の競争力を強化するために、高い技術開発力や商品力、サービス提供能力、あるいは経営管理能力が今まで以上に求められています。
このような企業の競争力を生み出す源泉は、組織としての企業の力であり、これを構成する人材であることはいうまでもありません。
こうした状況を反映して、大企業では社内の人材の選別を行うと同時に、外部から専門的な知識や経験を有する優秀な人材を中途採用し、短期間で企業の競争力を強化しようとしています。
一方、中小企業においては、資金面などの制約から外部からの人材獲得が難しいというのが現状です。
また、せっかく苦労して採用した人材も「思ったほど実力を出してくれない」「待遇面での不満ばかり言う」など、うまく機能していないケースが多いようです。
これは少し考えてみれば当然のことで、設備やスタッフや資金が潤沢に準備されている大企業で働いてきた人材(つまり、そういうものがあって当然として仕事をやってきた人たち)を、中小企業の経営資源環境で使おうとしても、無理があります。
中小企業において競争力強化のために人材を高度化する場合の大前提は、社内人材を迅速に、かつ計画的に育て上げていく事です。

◆いま「居る」人材をいま「要る」人材に変えるには

従来、企業での人材育成は終身雇用・年功序列型の人事制度の下、OJT(On the Job Training:仕事を通じての教育)や研修などにより、時間をかけてじっくりとゼネラリストを育て上げていく方法でした。このような方法は経営環境が安定している、あるいは長期的に自社に有利に働いている場合には、ある程度有効でした。しかし、今日の激変する経営環境では、とてもこのような時間はかけていられません。また、自社の競争力を向上させるためにはゼネラリストよりも、明確な目に見える価値や成果を生み出せるプロフェッショナルな人材が求められます。
しかしながら、豊富な人材から選抜していくことができる大企業であればともかく、中小企業においては中途採用あるいは新規採用もままならないのが現状です。では、どうすればよいか?無いものねだりをするよりも、今みなさんの会社にいる人材を使える人材に、つまり「居る」社員を「要る」社員に短期間で計画的に育成していくことを考えていくべきです。

◆人材育成の考え方を転換する

中小企業において求められるプロフェッショナルは大きく2種類に分類されます。1つは営業や生産、開発あるいは総務・経理などの各部門で要求される業務レベルを、高い生産性で遂行していくような高業績者です。そしてもう1つは、そのような人材の集合である組織を将来に向かって導いていくリーダーです。この2種類のプロフェッショナルがいてこそ、企業はその業績を向上させ、より競争力の高い集団へと生まれ変わることができます。
そのような人材は自然と育ってくるものでしょうか?答えは「NO」です。このような人材は計画的に育成していかなければ決して生まれてきません。従来の「人を管理するための制度」としての人事制度や、「特定の技能を修得するための」研修、「見ていれば覚えるだろう」方式のOJTでは短期間でのプロフェッショナル人材の育成は困難です。人材に関する考え方を「育ってくるのを待つ」のではなく「必要な人材を計画的に短期間に育成する」という方向に転換していく必要があります。
では、そのためにはまず何を明確にする必要があるでしょうか。それは次の3点です。

  1. 自社の業績向上のために求められる人材像とはどのようなものか。
  2. 自社の社員を求められる人材像に近づけていくためには、どのような人材育成の仕組みが必要か。
  3. 自社の業績向上に寄与した社員を正当に評価し、給与や報酬面で報いるためにはどのような人事評価制度が必要となってくるのか。

みなさんの会社の業績向上のために求められる人材像とはどのようなものでしょう?例えば人材派遣会社がみなさんに売り込んでくる、有名大学を卒業して、大手企業で経験を積んできたような人でしょうか?それとも本屋の書棚に並んでいる経営書に書かれているような、リーダーシップとマネジメントの両面をバランスよく保有している優秀な人材でしょうか?
答えは実は単純明快です。みなさんの会社で高い業績を実際に上げている社員こそが、求められる人材像の生きたモデルです。そのような社員はみなさんが持っている社内のリソースや取引先、設備などの経営資源を有効活用して成果を上げている人たちです。彼らの業務遂行の方法がみなさんの会社での(ベストとは言わないまでも)上手な成果実現方法の実践例になります。
しかし、実際にはそのような高業績者が存在しない場合もあります。この場合には、みなさんの会社の経営理念やビジョンあるいは経営戦略から「高業績を上げるのは、このような行動をする人材であるはずだ」という現場の声を集めて求められる人材像を作ってみるとよいでしょう。

図1:コンピテンシーとは?

このような高業績者には、特有で外部から見える具体的な一連の行動様式があります。行動様式というと大げさですが、例えば「1日に10件アポイントを必ずとっている」とか「企画書作成の際には必ず設計部門の意見を取り入れている」などの具体的な行動パターンだと思っていただければ結構です。このような行動様式のことを「コンピテンシー」といいます。このコンピテンシーに基づく人事評価制度ならびに人材育成こそが、自社の社員をプロ集団に変えていく有力な方法です。

◆プロフェッショナル集団実現のための人事制度

わが国の企業に広く採用されている人事評価制度は「職能資格制度」といわれるものです。これは、従業員がもっていると思われる職務遂行能力(つまり、特定のレベルの仕事を遂行可能な職務能力)を「職能要件表」と呼ばれる、多数の従業員に適用できるような客観的かつ抽象的な基準としてまとめ、これに基づく評価で人事面での処遇を決定していくというものです。

図2:成果は保有能力よりも行動の発揮で生み出される

この職能資格制度で評価の対象となる能力は「〜することができる(はずである)」という「保有能力」です。例えば、○○大学を卒業しているのだから、1年目でこれぐらいの仕事はできるだろう、あるいは当社で10年以上の経験があるのだから課長の仕事ができるだろうというような会社側の期待と、実際に業務遂行した成果との差を評価していると考えていただければ結構です。
長期的な人材育成を目論む場合にはこのような制度でよいかもしれません。しかし、このような保有能力への期待は必ずしも業績向上には直接結びつきません。その理由は図の通りです。

自社の業績向上に直結するのは、仕事の成果です。よくいわれる「目標管理制度型人事」とはこの点に焦点をあわせ、各社員が計画した目標に対してどの程度の成果を実現したかに基づいて評価するものです。ただし、あまりに成果のみを追及した場合、次のような弊害も発生しています。

  1. 自社にとって今求めている人材(=すぐ業績を上げる人材)ばかりに目が行き、「将来業績を上げてくれる人材の育成」という競争力の将来的強化の方向での考え方が希薄になってしまう。
  2. 各社員が計画する目標が会社全体の戦略とは整合性が取れていない。あるいは、達成が容易なように意図的に低い目標設定を行う社員が増加し、結果として個人の目標は達成されても企業としての目標が達成されないケースが頻発する。
  3. 結果のみを求めるあまり、社員が個人主義になってしまい、職場でのチームプレーや情報の共有、部下あるいは後輩の指導など個人の成果に反映しない業務がおろそかになってしまう。

目標管理制度あるいは成果主義そのものは、企業の業績向上を追及するという観点では正しい考え方といえるでしょう。しかし、このような弊害が発生するのは、最終的な成果のみを追い求めるあまり、途中のプロセス(つまりどのように仕事を行ったか)が軽視されてしまうためです。
この業績向上という短期的な目標と、企業体質の強化あるいは人材の強化という中長期的な目標の橋渡しを人事制度面で行うのが前述した「コンピテンシー」という評価軸です。
成果とは能力を「発揮」し「行動」することで生まれてきます。
つまり「〜している」「〜する」という行動=コンピテンシーを評価の対象とすることによって、結果としての成果のみならず、そこに到達するまでのプロセスも評価されることとなります。また、高業績者が業績を上げるときに取っている行動をモデルとする訳ですから、それ自体が人材育成のための生きた教材となります。
さらに、その結果として、成果を上げていく人材が増加していくことによって企業の業績向上が実現されると共に、社員全員がプロフェッショナル集団と化していきます。つまり、「成果」と「そこに到った行動」の両面を評価することで、人事制度によって企業体質を強化することが可能となります。
では、実際にはそのような制度はどうやって構築していけばよいのでしょうか。

◆コンピテンシーを取り入れた人事制度構築の方法

コンピテンシーは目標管理制度と車の両輪の関係にあります。
目標管理制度は企業の事業戦略に基づく業績目標を、各部門・各社員に十分理解させたうえで、各社員から自身の目標を提示させ、その成果との対比によって評価していく制度です。この制度は、業績への責任を各社員に持たせるという点で、まさにプロ集団向けです。しかし、対象となる評価指標が業績という最終的な成果であるため、途中の業務プロセスが軽視されてしまいます。上司の部下に対する指導・育成は本来であれば仕事の「進め方」や「考え方」を示すべきであるのに、これらが無視され「結果」だけに終始してしまう可能性も高くなります。
この点をコンピテンシーという業務遂行の際の行動も評価の対象とすることで、補完していくことになるわけです。

図3:目標管理とコンピテンシーの関係

目標管理制度に関しては、企業がその経営ビジョンや事業戦略から今年度目標とする業績を各部門ならびに各担当者に分配することで業績目標として設定できます。
一方のコンピテンシーモデルでは目指すべき高業績者という人材像の明確化と、育成・評価の対象とする行動=コンピテンシー自体をまず規定する必要があります。

では、コンピテンシーはどのように設定していけばよいのでしょうか。設定方法は2種類あります。

【1.経営主導型(簡易型)】
この方法では、経営理念や経営ビジョンから「自社が必要とする人材像」を各職種・各部門・各階層ごとに明確にしていきます。そして、そのような人材が使命を果たすときに取るべき行動を想定し、これをコンピテンシーとして社員の行動評価基準にします。この方法を採用する場合、企業の将来進むべき方向性に適した行動基準を設定可能となるという点、ならびに高業績者の行動観察や分析が不要であるため、比較的低コストで設定可能である点などのメリットがあります。一方、規定したコンピテンシーが実際の成果に直結するか否かは運営してみなければ検証できないというデメリットも存在します。

【2.観察・分析型(厳密型)】
社内で高業績をあげている社員への面接、行動観察等を通じて、出来る限り広く詳細に情報収集して行動特性(=コンピテンシー)を抽出していく方法です。この場合、成果に直結している行動特性が確実に抽出されるという点でのメリットがありますが、「いま業績をあげている社員」が必ずしも「将来必要とする社員」とは限らない点や、大々的な面接や分析に費用と労力がかかる点、そもそもモデルとなる高業績者がいなければ規定できない点などがデメリットとしてあげられます。

通常、中小企業では、高業績者が社内にほとんど存在しないという問題を抱えている場合が大半ですので、経営主導型が望ましいと思われます。また、次に掲げるコンピテンシー制度の導入効果からも、企業の将来に向けての経営ビジョンや経営理念と親和性の高い経営主導型が望ましいと思われます。

◆コンピテンシー型人事制度の導入期待効果

コンピテンシー型人事制度は、「行動プロセス」を評価する人事制度です。その導入効果としては、以下のものが挙げられます。

図4:リーダー人材の育成

【1.人材育成効果】
いわゆる成果主義で評価されるのは結果であり、そこに到るために費やされたプロセスは評価されないのが通常です。しかし、自社の人材を高度化したいならば、このプロセスの共有化こそが重要となります。コンピテンシー型人事制度では「企業が社員に求めている具体的な行動とその目標」が社員に対して公表され、その「実行」が評価されます。
例えば組織のリーダーを育成したいのであれば、経営者あるいは組織のリーダーの行動特性を分析してモデル化することで、必要とされるナレッジ(知識・技術・ノウハウなど)を効率的に後継者に継承可能となります。また、特定業務のスペシャリストを養成したければ、それぞれの業務における役割に基づく行動様式をコンピテンシーとして整理・体系化し、専門分野ごとに提供することで短期間での高度化が可能となります。
これらは、いうなればOJTで何年もかけて教育してきた「仕事のやり方」を明文化することと同じであり、社員は自分自身の「現在の行動」と、コンピテンシーとしてまとめられた「行動目標」を比較することで、不足している行動や能力、あるいは今後とるべき行動が明確に把握・認識できます。
また、その行動目標に従って活動していれば評価されることも保証されているわけですから、評価の公平性や客観性が高くなり、結果としてその実行に向けての社員の努力が期待できます。

図5:業績向上・達成へのインセンティブ

【2.業績向上に直結する合理的な給与・報酬制度】
コンピテンシー型人事制度は、自社の業績に直結する高い成果(パフォーマンス)を実現する行動様式を評価していきます。つまり、この制度のもとでは、コンピテンシーとして規定された業績向上に向けての行動を実践することが高い給与や報酬に結びつくことになり、学歴や年次など変更がきかない評価基準や、保有能力というあいまいな基準、評価者との人間関係の良し悪しや、たまたま業績が上がっている(あるいは低迷している)部署や業務であったというような運不運など、従来の人事制度での問題点を「行動」という合理的な評価基準で解決します。

【3.モラール(士気)の向上・組織風土の改善】
極端な形での成果主義や業績至上主義をとったことで、社員が近視眼的な行動や個人主義に陥り、結果として組織力という企業としての総合力を失っている例もよく見受けられます。このような企業では、例えば営業担当者は経営戦略上重点を置きたい商品やサービスではなく、売りやすい商品やサービスに傾斜することで目標達成しようとしたり、社内での競争相手に勝ちたいがための顧客や情報の個人による囲い込み、ノウハウの出し惜しみなどが発生したりすることで、競争力強化などの経営戦略とは全く正反対の方向に企業が進んでいってしまっています。そして殺伐とした企業風土やモラール(士気)の低下などにより、人事制度の変更が企業自体を弱体化させている傾向があります。
コンピテンシー型人事制度は、成果に到る行動(つまりプロセス)自体を評価していきます。つまり、いくら最終的な成果が運良く実現されたとしても、それに到るプロセスが企業の戦略とは異なっている場合や、チームを無視した個人プレーに走っている場合には評価されません。一方、外部環境の急変などにより、運悪く目標が未達成という成果に終わった場合でも、プロセス面は評価されますから、モラール(士気)の向上や、企業あるいは組織へのロイヤリティ(忠誠心)などは自然と醸成されていきます。

◆まとめ

現在の経営環境は、全ての企業にとって非常に不透明であり、将来の予測がつきにくい状況です。日々発生する眼前の問題への対処だけでも大変な時代であるといえます。このような状況下においては、人材に関しても「今すぐに問題に対応できる人間」を求めるという近視眼的な観点にどうしてもなってしまいます。それ故に、企業は(いわゆる)即戦力の人材を求めがちです。しかし実際には、その人間がどれほどすばらしく見えるキャリアを持っていても、新しい職場に来たその日からすぐに企業を変えてくれるような「即戦力」の人材であることなど、まずありません。

企業にとって今日を乗り切っていくことも重要ですが、しっかりとした経営ビジョンに基づいて将来に向かって活動していくことがより一層重要であるといえます。そのためには、会社に対してロイヤリティ(忠誠心)を持ち、自社の経営理念などをしっかりと理解した上で、共に戦ってくれる有能な社員が必要となります。そしてそのような社員を計画的に社内で育成していく、それも可能な限り短期間で育て上げていくことが必要とされます。

今回はプロフェッショナルな人材を育成していく方法として、行動様式を評価するコンピテンシー型人事制度をご紹介しました。誌面の都合上アウトラインのみの解説になっております点はご容赦ください。より詳細な制度設計の方法や運営方法に関しては、専門書が多く出ていますのでそちらをご参考になさって下さい。

図6:人事改革を阻害する3つの壁

最後に、人事制度によって人材育成を実現するという場合、なんらかの新しい人事制度を導入すればそれで終わりというわけではありません。実際には導入した人事制度を、目的を持って運営し続けていくことのほうがはるかに重要です。そのためには企業(あるいは経営者)、管理職、従業員が図にあるようなことを言わないように、制度構築の時点から全員が参画して、「本当に自社を強くしていくために必要な人事制度の仕組みは何だろう」と共通の問題意識を持ち、運営に協力していく姿勢が強く求められます。